不貞の証拠が揃ったので、僕はやっと不貞をした前提で離婚の話し合いができると思っていました。
しかし、その期待は一瞬で打ち砕かれたのです。
証拠の見せ方──僕が犯した致命的なミス
探偵から不貞の証拠が確定した報告書を受け取った時、僕は一つの不安を抱えていました。
「もし自宅に置いておいたら、腹いせに捨てられたり破られたりするかもしれない」
その不安から、僕は調査報告書の原本をあらかじめ弁護士に預けることにしました。
証拠そのものを守る、という意味では間違っていなかったと思います。
しかし手元に写真のコピーもなければ、報告書の写しもない。
目の前で「これが証拠だ」と突きつけられるものが何もなかったのです。
「そこまでしなくてもいいのではないか」
と思うかもしれません。
しかし現実には、不倫している側が自分から事実を認めることは、ほとんどありません。
これは、実際に探偵から聞いた話でもあり、僕自身が身をもって知ったことです。
相手次第にもなりますが、
- 証拠を捨てられることも考えて保存する
- 同時に、確かな証拠として写真で見せられるようにしておく
ことも必要だったと思います。
不倫を認めない妻──対話すら成り立たなくなっていった頃
証拠を目の前に見せられないまま、僕は妻に「不貞の証拠はとっている」と伝えました。
すると、妻はこう言いました。
「私はその写真も証拠も一つも見ていないから。」
不倫を認めないだけでなく、
「自分が見ていない以上、証拠は存在しない」
という理屈で、話そのものを成立させない態度でした。
そこで僕は、
「認めないのであれば、不倫相手に内容証明を送るしかない。」
と伝えました。
この言葉を境に、妻の態度はさらに攻撃的になり、
家の中の空気は、凍りついたようになっていきました。
逆に脅迫してくる妻──「あなたの人生終わるよ?」
妻は、僕が不倫問題を追及するのを止めさせるかのように、
次々と脅し文句を投げかけてきました。
「暴力事件になったっていう場合、あなた今の職場に居られなくなるよ。」
「あなたはもっと多くのものを失うよ。」
「それでもいいわけ?」
僕はもちろんDVなどしていません。
しかし妻の口ぶりは、まるで
「あなたをいつでもDV加害者にできる」
と言っているように感じました。
危機感を覚え、僕は弁護士へ相談し、その1ヶ月後、不倫相手へ内容証明を送付しました。
エスカレートする恐怖の言葉──“命の危険”すら感じた時期
内容証明を送ったことをきっかけに、
妻の言葉はさらに過激になっていきました。
「あなたが今生活していられるのは、五体満足だからだよね」
「もう私はあなたを守ってあげられないから」
命の危険を示唆するような言葉まで口にするようになり、
夜も安心して眠れない日が続きました。
家の中で、いつ何が起こるかわからない。
常に神経を張りつめたまま、僕の心は限界に近づいていました。
生活の細部に及ぶモラハラ──人格を否定する日常
妻の攻撃は “日々の家事” にまで及びました。
「あなたがキッチン使った後は汚い」
「洗濯物、もっとちゃんとシワ伸ばして干して」
「私の下着には触らないで」
「あなたの洗濯物、臭いって子どもたちも言ってる」
まるで僕という人間を少しずつ削っていくかのように、
妻は生活の細部を使って、僕を追い詰めていきました。
子どもへの“刷り込み”が始まる──父親を悪者にする構図
この時期から、妻は子どもたちに対しても
“父親を悪く見せるための言葉”を繰り返すようになりました。
そして影響はすぐに表れました。
長女は



「パパが悪い」
と言うようになり
次女も
「パパが悪いからママと仲良くできないんだよ」
と言い始め
パパが悪者で、ママがかわいそう
という構図になっていきました。
三女だけは自分のペースを崩さない──その結果、最も強い攻撃を受ける
三女だけは、自分のペースを崩さないタイプの子でした。
妻の言うことよりも、
自分の意思を貫くことが多かった。
例えば、妻から子どもたちに
「寝る前には片付けなさい」
「歯磨きするよ」
と言われた時に次女はすぐ終わらせるのですが、
三女は
「今これやってるから」
「ちょっと待ってー」
と言う通りには動かない。
これだけ聞くと普通のしつけのようですが、
妻が言ったことをやらないと、三女は叱責され必ず泣かされていました。
時には腕を引っ張って
「泣くなら外で泣きなさい」
と家から出されそうになることもあったと後に三女本人から聞きました。
そして、忘れられない出来事があります。
ディズニー旅行での決定的な一言──「めんどくせえやつきた」
不倫発覚直後、すでに予定していたディズニー旅行へ行きました。
もちろん行きたくはなかったのですが、キャンセル料や子どもは楽しみにしていたので、渋々行ったのです。
そんなディズニーランドでの出来事
アトラクションに向かう途中、妻が
「あのアトラクション行く人〜?」
と子どもたちに聞きました。
三女が
「いく〜!」
と元気に答えた瞬間、
妻はこう言い放ちました。
「めんどくせえやつきた」
今でも耳に残っている言葉です。
身に覚えのないDVの訴えから調停の開始へ
次章では、
僕が予想もしなかったDVの訴えを受けたこと、
そして、その状況から離婚調停を申し立てる決断をした経緯を書いていきます。



