第5章 別居という選択の、その後

別居については、本当に悩みました。
同居生活を続けた方が子どもたちと一緒にいられる。

でも、精神的な嫌がらせはエスカレートする一方で、
僕の心のコップもいつ水が溢れ出るかわからない状態でした。

子どもたちの意思──三女は「パパと一緒にいる」

僕は子どもたちに別居について確認をしました。

三女は迷いなく

三女

「パパと一緒にいる」

と強い意思を示していました。

別居をする場所についても三女は、

三女

「学校は変わりたくない」

という希望もはっきりと伝えてくれました。

一方で長女・次女は、僕が家を出ると伝えた際にそろって

長女

「住所教えて」

次女

住所教えて

と発言。

まるでその言葉を事前に母親から指示されているように感じられ、父親としては胸が痛みました。

「毎日怒られる心配がない」──別居して初めて感じた解放感

引っ越した直後、僕の中には大きな変化がありました。

妻から

  • いつ怒鳴られるかわからない緊張感
  • 何かにつけて理不尽に責められる毎日

から解放された安堵感が、一気に押し寄せてきたのです。

その反動のように、数日は疲労が一気に噴き出し、動けないほどでした。
それでも、

「ああ…別居して本当に良かった」

と心から思えました。

三女の“やりたい”を叶える時間が始まった

新しい生活では、今まで妻との同居では許されなかったことにも挑戦できるようになりました。

念願のハムスターを飼う

妻は動物を飼うことを固く禁じていましたが、
三女は以前からずっと

三女

「ハムスターを飼いたい」

と言っていました。

別居後、三女の願いをようやく叶えることができました。

友人に頼んで“本物の釣り”体験

三女

「釣りに行ってみたい」

という三女の希望もあり、
僕の友人にお願いして鯖釣りへ。

結果、なんと 35匹 の鯖が釣れ、三女も大興奮でした。

同じ年頃の子とキャンプへ

離婚経験のある友人に三女と同い年の子がいて、
一緒にキャンプへ行き、自然の中で子ども同士楽しく交流する時間も作れました。

僕はこの友人たちがいたからこそ、ここまでやってこれたと感謝しかありません。

おかげで、今まではできなかった「三女のための時間」を、一つひとつ形にしていくことができています。

しかし、別居後も続く不安──「三女を連れ去った」と言われて

別居して間もなく、妻からは

母親S

「三女を連れ去った」

と非難されました。

いつ妻が三女を奪いに来るのか、
恐怖が再び胸の奥に広がっていきました。

さらに、妻は毎日のように三女にLINEで

母親S

「おかえりー」
「何して過ごしているの?」
「心配だよ」

と送り続け、三女の心は大きく揺らされていきました。

このときの僕は、
その揺れが、やがて「別の形」で表に出てくることになるとは、
まだ想像もしていませんでした。

心の揺れが、三女の不登校という形へ

別居後に積み重なった揺れは、
やがて「不登校」という形で、三女の心に現れることになります。

次章では、別居後に起きた不登校の経緯と、
父親としてどう向き合ってきたのかを記していきます。